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「鬱」から「躁」な日曜日

 タイトルに、「鬱」とか「躁」とか書いたが、僕が「躁鬱病」なわけではない。
 先日、初詣に行って、その後ご飯を食べて、その後散歩をして、その後キスした。それがだいぶ嬉しかったらしく、数日間はその喜びが顔に滲み出ていた。傍目から見てもおかしい人に見えるらしく、「何笑っているの!?」と不思議がられた。今、友達から離婚の相談を受けているのだが、その人の前でもにたにたしてしまい、「何幸せそうな顔してんの!?蹴るわよ(`へ´#)」と脅された。
 そんな幸せな数日を過ごしていて、ふと、その子が日曜日に彼氏と会う、と聞いていたのを思い出した。木曜日練習をしすぎたのか、ふくらはぎの筋肉痛の痛みが増すのと同時に、気持ちも「鬱」になってきた。僕としては、その彼氏との約束をキャンセルして、僕と会ってほしかった。それとなく、「会いたいな・・・」と言ってはいたが、その質問に関する返事はなかった。あまりしつこく言うのも悪いかと思い、もう聞くのは止めた。「やっぱり会えない・・・」という返事を予想していた。何という言葉を返そうか考えていて、「ユーガットメール」のトムハンクスの台詞で、「男は不可能を求める」からと返そうと思いついた。日曜日は、筋肉痛もあるし、家でセンチメンタルな気分に浸りながら、引きこもろうと思っていた。やることはたぶんある。
 いつもより遅い朝ご飯を食べ、友達にメールを送り、布団に寝ころんでいた。ふと携帯を見ると、iモードのマークが点滅し始め、メールを受信した。その子から「午後から会えないかな?」と・・・。神様っているんだなと思った。センチメンタルな気分やら、「鬱」な気分やら、そんなものはどこかへ行ってしまった。さっきまであったはずの、階段を下りるのも辛いくらいだったふくらはぎの痛みも忘れた。「会いたい」、その気持ちにせかされるみたいに、電車に駆け込んだ。
 
 

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