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これまでの認知心理学のアプローチと状況論の違いについて

1 認知心理学と状況的認知論について
1-1 従来の認知心理学について 
 従来の認知主義では、厳密なデータを集めるため、場の状況を統制した実験を行ってきた。これらから集められたデータは、ある限られた認知的機能を解明するには相応しい。森と中条(2005)は認知倫理学の研究とは「頭の中に蓄えられた、生活のコンテクストには左右されないような、普遍的な知識を想定する事(p192)」と述べている。上野(2003,p58-63)は保存課題の実験手続きについて紹介しているが、その過程はイメージの提示から、発語、質問への応答など、事細かに統制されている事がわかる。
 初期の認知心理学では、人間を精密なコンピューターの様な物と見なす「情報処理モデル」が想定されている。そこでは、あらゆる認知過程は、電子回路の様な閉ざされた中で処理される、個々の人間の内部のみで発生する事象だと考えられていた。これによって、それまで曖昧で検証が難しかった認知理論の概念や仮説を、厳密に定義することができ、認知科学に大いなる発展をもたらした。
 このようなアプローチが主流の状況では、人間の認知過程の仕組みを解明する事のみが注目され、状況や感情が認知に与える影響が無視されがちだった。しかし、人間はコンピューターではなく、「感情」が存在し、能動的に外界へ働きかけることができる。従来の認知心理学的なアプローチは、外的な要因を含まない知覚や推論、記憶などの認知過程について、ある個体の内的認知過程をモデル化するような場合には適している。しかし現在は認知機能を、今まで軽視されてきた「状況」や感情を加味し、相互作用的なダイナミズムとして捉える機運が高まってきた。

1-2 状況的認知論について
 実験室で得られた様な厳密なデータが、日常場面での認知過程を正しく反映するなら、日常社会に一般化することも容易だろう。しかし、それらのデータが、通常の場面から乖離するものであったら、「生態学的妥当性に欠けるデータを蓄積しているにすぎない」(森と中条,2005,p18)のである。
 このように「状況」を無視した認知心理学だが、日常場面の認知過程はそれ単独で機能することは通常無い。そのたの認知過程と連携し、複雑に関連しながら、最終的な認知を構成している。上野(2003)は「見ること」を例にあげ、「『見ること』にとって本質的なのは、それがどのような状況でなされているかである」(p31)と述べている。同氏は砂漠でオアシスの蜃気楼を見てしまう過程を例に挙げて、状況と認知の関係を述べている。オアシスを見てしまうのは、砂漠でののどの渇きなど、状況に特有の条件があったからだろう。それらの条件が、「見る」という生理的過程を通常となんら変わらないが如く、見させてしまうのだろう。
 また、人間が生活している社会的な背景も、認知に影響を与えているだろう。上野(2003,p32)は、「首を絞められている人を見たとき」を例に挙げて、社会と認知の関係について述べている。「首を絞められている」人を見たとき、「首を触られている」としか見ることができないなら、その見えている事自体は正しくとも、道徳的には不適切だろう。このように、社会的なコンテクストに制約される認知を、エスノメソドロジーとか、認知的エスノグラフィーと呼ぶ」(森と中条,2005,p18)。社会的な規則や風習なども、認知過程に影響を与えているのである。

2 状況論によってもたらされた事
 前章で、置かれている状況や社会的影響が、認知過程に影響を与えている事を述べた。このようなことを背景にして、内的な認知過程のみに目を向けるのではなくて、外的な影響も考慮した状況的認知論が生まれた。参考文献から引用しながら、状況論的な視点から見た研究をいくつか紹介する。

2-1 エスノメソドロジーの視点から(認知的エスノグラフィー?)
森と中条(2005,p22)は従来から考えられている、識字能力と、論理能力や抽象化能力との関係について、認知的エスノグラフィーの視点から考察している。それによると、非識字者に三段論法の課題(「北極圏に生息するクマは白い」、「N市は北極圏に位置する」、「N市に生息するクマは何色か?」)を答えさせると、「N市には行ったことがない」と答えようとしないという。従来の考え方だと、非識字者は経験のコンテクストに固着したままで、脱文略的な思考ができないとされてきた。このような理由から、非識字者は文字使用の欠如から、形式的論理能力が低いとされてきた。しかし、エスノグラフィーの手法で文化的背景を調査すると、論理能力や抽象化能力は、西洋的な学校教育に関係が深い事がわかった。このような社会的背景も考慮する事が重要なのである。

2-2 実験者と被験者の関係について
 前項で論理的推論について例をあげたが、上野(2003,p79)は被験者が属していると感じている成員カテゴリーを考慮して、同じような推論問題について考察している。上野はCole & Scribner(1974)が行った、リベリアに住んでいるクペレ族の人々に論理的推論課題を与え、その答えを調査した研究を紹介している。課題は、「蜘蛛と黒鹿はいつも一緒に食事をします。今、蜘蛛が食事をしています。では、黒鹿は食事をしていますか?」と言う内容だった。被験者の一人だったクペレ族の長老は、「2匹は一緒に食事をしていたのか?」とか「二人は茂みの中にいたのか?」など、事実的な根拠にもとづいて答えようとした。しかし、これらの質問は課題と無関係なため、実験者は回答できなかった。その為長老はそれ以上課題に関して、答えることができなかった。
 これについて上野は、論理問題に答える能力がないと決めつけるのではなくて、課題を与えられたとき、長老が自身を被験者として認識し、課題を論理的に思考しようとしたかが問題だとしている。長老は普段の会話と同じように、実験者が悩みや疑問を持っていて、それを長老に尋ねたと考えていたかもしれない。それであれば、相談者に対しての応答として、困らせない様に注意を払って回答するだろう。
 このように、「実験者」と「被験者」という相互の関係が、成員カテゴリーとして認識されていないと、課題の回答は難しいと考えられる。

2-3 数量の保存課題について
 図1(上野,2003,p60)に示すような数量の保存課題については、ピアジェの理論によると、具体的操作期以前の子供では、課題を正解することができないとされてきた。しかし、上野(2003)は課題提示時の発語による回答への影響がある事をあげている。保存課題は、等判断、変形、保存判断、理由の一連の手続きが行われる。実験者は図の変形前と後で、数量に関して同じ質問を繰り返すことになる。日常会話において、再度同じ質問を繰り返した時は、既知の情報以外の事が求められていると考え、それ以外の新しい情報を提供しようとするだろう。このような時、数量保存の回答が間違ってされる可能性がある。

21_fig1

 この問いに対して、保存課題で用いられる課題に、「コップが壊れているから」とか、「入れ物に入れて持って帰るから」などの理由を付けて行い検証を試みている。

21_fig2

 その結果、これらの文脈を付加したとき、標準課題で正答できなかった子供も、多くが正しい答えを導けたと報告している。文脈を挿入する事で進行中の文脈を「休止」させ、その後再度進行中の文脈に「再会」させるという相互行為によって、変形前後の同一の質問が文字通りの意味を持つ質問と受け取らせる事ができたからである。


引用文献
森 敏昭,中条 和光.(2005).認知心理学キーワード,有斐閣双書
上野 直樹.(2003).状況のインターフェース,金子書房

参考文献
相場 覚.(1997).心理学入門,放送大学教育振興会
Husain,G.,Thompson,W,F.& Schellenberg,E.G.(2002).Effects of musical Tempo and Mode on Arousal,Mood,and Spatial Abilities.Music Perception,20(2),151-171
William R.Balch,& Benjamin S.Lewis.(1996).Music-Dependent Memory:The Roles of Tempo Change and Mood Mediation,Journal of Experimental Psychology:Learning Memory and Cognition,Vol22(6),1354-1363

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