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当たり前の事を悩むこと

 今日の朝ふと考えていた。当たり前の事を悩むことはどうなんだろうか?。相関係数の事を勉強しているとき、それが(r)が1とか0とかになるものは、あまり意味がないと本を読んでいて思った。心理学の勉強をしていたから人が対象と考えると、誰でも必ず起こるもの、起こらないものは調べても意味がないのだ。人類がみな同じ反応を示す事は、まあ当たり前の事というわけで。

 「水分を摂ったとき、どのような気持ちになりますか?」だったら個人差があるだろう。「水分を全く摂らなかったらどうなりますか?」だったら、だれでも「死ぬ」と考えると思う。。後者は当たり前の事で相関係数はr=1となる(水分の無摂取と死の関係)。前者は個人差があるものということで調べる意味があるものだろう。

 人間は困難にぶち当たると、色々と考える。悩んだり、解決法を探そうとする。打開策を考えるのは建設的といえるが、困難自体を考えるのはあまり意味がない気がする。何故それが来たのかを考えるのは、次起こらないようにするためには大切だ。

 もし、水が無かったら、「死ぬ」という困難を迎えることになる。そうならないために、水分を探そうとするだろう。「死ぬ」という困難を考えても、水分は採れないから問題は解決しない。問題を問題としてしまって、なかなか先に進まない人がいる。それを解決するのが、真の問題なんだと思う。

 やがて来る困難は必ずあるから、今それを分かっていたとしても悩んでもしょうがない。来るものは来る、来ないものは来ない。それが縁だから。人間はいつか死ぬ。やれる範囲で出来るときに、悔いの残らないように頑張ればいい。

 試験前の中だるみで、自分に言いたかったのかもしれないcatface

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