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下心と真心

 なぜ少林寺拳法のカテゴリーなのかというと、この前の武専で下ネタ全快の先生が言っていたことだからである。これはなかなかといい話だったので、覚え書きしておこう。

 「恋」は下に心が付く、これは下心。「愛」は心が真ん中に入るから、真心。

と言っていた。ほほ~なかなかと言い言葉だ。恋は誰かを好きになること、誰かにときめくことだ。皆その相手を何とかしてやろうlovelyと頑張る。そういうのは、下心があると言って差し障りないだろう。まあ、最初は誰でも下心から始まると思うが。

 愛とは無償の奉仕のことだ、とマザーテレサが言ったとかいわないとか。確かに損得が介在する奉仕は、愛とは言えないだろう。有償の奉仕、それはビジネスだ。仕事と書くより冷たく感じられる。「これだけ愛したから、貴方もこれだけ愛して下さい!」というのは全く間違っている。見返りを求めるというのは、損得の事だからビジネスだ。愛じゃない。

 ちょっと前に占い師の大泉の母がTVで言っていたが、「好きと惚れるは違うんだよ。惚れるっていうのは、大きな犠牲を払うことなんだ。」と。これもだいぶ納得したが、惚れるというのはある意味「愛する」と似ているのかもしれない。奉仕というのは、自分の体力や時間を犠牲にすることであるから。
 

 愛にリターンはない。なぜなら、それ自体が目的だからだ。
 見返りを求めたら、愛ではなくなる。

 

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コメント

前の日記の武専で聴いた話というのが気にかかって待っていました。

愛と恋のお話、なるほどです。
だから、ボランティアだけでは難しいのでしょうねぇ。
ある意味の見返りがなければ、人間も動くことができないということだから、ビジネスとしての奉仕を行う方がよりやりやすいということなんですね。
なんとなく、頭がすっきりしてきました。

投稿: そんQ | 2008年11月19日 午前 08時33分

そんQさん
そうなんですよね~完全なボランティアって、相当に人間の出来た人でないとできませんよね。
拳法の指導もあるいみボランティアじゃないですか?語弊はあると思いますが。見返りがあるわけではないし。まあ、自分も勉強になることが多いですがflair。子供達が賞を取ったときなどの笑顔が報酬ですかねhappy01

投稿: 管理人 | 2008年11月19日 午前 09時34分

これ深いですねsweat01なにかしてもらいたいって思っちゃうもんなぁ・・・それは恋なんですねぇ…。
恋愛ってすごい欲張りな言葉ですよねsign03(笑)

投稿: NATSU | 2008年11月20日 午後 08時32分

NATSUさん
愛っていうのは、損得では計れないものなんだろうな~。
恋愛だったら、恋から愛に変わっていくconfidentと理解すればいいんじゃない?。欲張ってはいけませんねhappy01heart04

投稿: 管理人 | 2008年11月22日 午前 10時09分

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