
カアチャンが天袋をを整理していて、あるものを発見した。それがこの写真の、張子の牛。小学校低学年の時に作ったのは間違いないが、何年生かは不明。恐らく、一年・・・。うーん、二年生かな。なかなか良くできてるな~と自画自賛
。当時は評価が高く、小学校の展示会に出品されたとか。作った本人(あたしですが)はスッカリ忘れてた。カアチャンはそれを見に、小学校の体育館に出向いたとか。
30年とは言わないが、それくらい古い。しかしよくとっておいたな~。そして、よく保存できたな。首をつるしとくゴムは切れてしまっていたが、胴体、顔、足はしっかりとそのまま。当時の担任の先生は僕の作業風景を見ていたようで、見学に来たカアチャンに「ないとうくんはいっしょうけんめい、さくひんづくりにぼっとうするんですよ~」と褒めてたそうな。
ちょっと前に書いた、難聴の話しを読んでくれればわかるが、人の話に耳を貸さない(聞こえなかったんだが)ほどの集中力を発揮する時がある僕のようですですが。工作は好きだったのもあるが、先生が言ったように没頭して作業してたんだろうな。そのときも聞こえずらかったかもな
。今はすっかり聴力も戻ってるので、散漫なんだよな~
。
ふと、小学校の先生を思い出したが、
一年生:とってもいい先生だったとの話し。でも名前が思い出せない・・・
。女の先生。
二年生:前年度の先生が退職なさったので、新しい先生。こちらの方も良い先生だった。女性
三年生:本来は二年ごとのサイクル(一と二年生は本来同じで、三、四年生は別の先生)で変わるのか?。またまた新しい先生。こちらもよい先生。女性
四年生:何故かまたまた新しい先生・・・こいつが最悪のババアで、須田とか言ったか・・・。差別、えこひいきバリバリ。カアチャンの悪口を言ったりする
。恐らく日教組。もう死んだらしいイカッタイカッタ
。
五年生:また新しい先生
。ヒステリック先生で授業中に泣き出したり・・・。父兄からの苦情で転校(先生が)。転任先が家の近所の学校だったこともあって、遊びにいったらばったり再会。覚えてくれていたことは嬉しかったが、泣き出されると困るので、二度とそこには近寄らなかった。
六年生:また新しい先生。今度は男の先生。種子島生まれだったかな、九州男児で格好いい先生だったな。おっかない先生だったけど、正義感があるいい先生だった。
四、五年の先生はちょっとどうかと思う感じだが、それ以外の先生は大人になったいま思い返しても、いい人物だったなと思える。後者のような、人間性が優れている先生が、教鞭を執るべきだろう。
トラウマ的に憎んでる先生は四年生の担任のババア(もう死んだだろうが)だけだが、そいつは「昔は食べ物がなくて、沢山食べられなかったんです!だから、給食のお代わりは無しです!」という意味わからん事をいう奴だった。僕は普通に盛られても食べ残すくらい小食だったから、お代わり禁止!でもあまり問題無かった。僕らの年代の父兄は何もいわなかったらしいが、次の年の父兄が「は~??!!育ち盛りの子が食べたいって言ってるのに、余っている給食をお代わりさせないとは何事か!!」と文句をいったらしい。当然だ・・・なんという正論
。ないならともかく、余って捨てちゃうのにお代わりさせないって・・・さすが日教組、頭がおかしい。
顔も体も、頭脳と運動能力、親のステータスや年収だって違う。人は生まれながらに、平等ではない。だから子供に、「人並みになれ」と求めるのは間違っている。個々人のポテンシャルはみな違うからだ。人並み以下だから劣っているとか、人並み以上だから優れていると言いたいのではない。人は持っている才能を、どれだけ発揮できたかが大切なのだ。
ある者はスポーツカーで高速道路を突っ走るかもしれない。ある者は四輪駆動車で荒野をゆっくり走るかもしれない。どう走っても、いずれはポンコツになって鉄くずになる。走った距離や出せたスピードも価値あることかもしれない。しかし、窓から見えたものが一番価値あるものと僕は思う。
ジープですっ飛ばして走るのが無理あるように、GT-Rでオフロードもかなり無理がある。指導者や教師の使命とは、子供の特性を見抜いてより素敵な車窓を見せてあげること、と思うのです。